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応量器展鉢

先日、禅の食事法である、応量器展鉢(おうりょうきてんぱつ)のパフォーマンスを見せて頂く機会があった。
永平寺で修行された僧侶であり、美術家でもある、風間天心さんによるもの。

応量器という、ひとつに重ねられる様々な深さの鉢と箸、匙、刷毛をまとめて袱紗で包んだ食器。
その応量器を広げて、食物を受け、食べ、ふたたび器をしまうまでの作法。
改めて、すごいことだなと思ったのは、食べる前に「五観の偈」を唱えるということ。

一つには功の多少を計り、彼の来処を量る。
(ひとつにはこうのたしょうをはかり、かのらいしょをはかる)
訳:この食事がどうしてできたかを考え、食事が調うまでの多くの人々の働きに感謝します。

二つには己が徳行の全欠と忖って供に応ず。
(ふたつにはおのれがとくぎょうのぜんけつとはかってくにおうず)
訳:自分の行いが、この食を頂くに値するものであるかどうか反省します。

三つには心を防ぎ過を離るることは貪等を宗とす。
(みつにはしんをふせぎとがをはなるることはとんとうをしゅうとす)
訳:心を正しく保ち、あやまった行いを避けるために、貪るなど三つの過ちを持たないことを誓います。

四つには正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり。
(よつにはまさにりょうやくをこととするはぎょうこをりょうぜんがためなり)
訳:食とは良薬なのであり、身体をやしない、正しい健康を得るために頂きます。

五つには成道の為の故に今此の食を受く。
(いつつにはじょうどうのためのゆえにいまこのじきをうく)
訳:今この食事を頂くのは、己の道を成し遂げるためです。

自分の生は他の多くの生によって支えられているけれど、自分はその生を全うするために今これを食べるのだ、ということを毎回確認しながら食事をする、ということ。作法の中にも、それが折り込まれている。

禅寺での食事自体は本当に質素だけれど(朝は粥と香の物、昼と夜はご飯と味噌汁と野菜のおかず一品)、この作法に則って食べることによって、その食事をより味わえるようになる、と天心さんはおっしゃっていた。

これは仏道を極める禅僧のための食事作法だけれど、それぞれの「道」を極めるためのさまざまな食事作法がありえるだろう。
私自身が、食をより深く味わうための食事作法というのを、考えていきたいなと思った。

天心さんが、興味深いことを言っていた。
フランスの禅宗で使われる応量器はひとつの鉢のみなのだという。
フランスの食文化では、料理は一品ずつ供されるものだから、複数の鉢を並べる必要がないのだ。
その土地の食文化というのは、やはり強い。